NPO法人 日本演劇情動療法協会とは   (設立趣旨書)


 仙台富沢病院において、佐々木英忠教授(東北大学医学部老人科名誉教授)と藤井昌彦教授(東北大学医学部臨床教授)が研究を続けて来られた情動療法。俳優・演出家の前田有作が、認知症の方を感動させる試みを繰返し、その中で患者様の情動機能が回復に向かっているというエビデンスを得た。

 認知症は大脳新皮質の老化や劣化により起こる。しかし大脳辺縁系は温存されていることが多い。すなわちIQ(認知機能)を司る部位は衰えても、EQ(情動機能)を司る部位は衰えていない。

 演劇情動療法は、失われた部位(知)ではなく、残された部位(情)に働きかけることで、認知症患者の方々の心を整流化し、BPSDを抑制。認知症の方々は、人間らしい豊かな表情を取り戻している。

演劇情動療法は、患者様にストレスを与えない、エビデンスの伴った日本発の療法である。

 

 この療法を広く普及させ、一人でも多くの認知症患者の回復に貢献すること、また、認知症患者の尊厳や現在の認知力に偏った診断やリハビリ、過剰な投薬の状況を変えていくことを目的とし、日本演劇情動療法協会は2016年1月15日にNPO法人として設立した。

 

 

演劇情動療法士/理事長 前田 有作

 

 

設立趣旨書

 

1、認知症を取り巻く現状

 厚生労働省の統計によると、わが国における認知症患者の数は2012年で約462万人、65歳以上の高齢者のうち7人に1人は認知症であると推計されています。さらに、2025年には認知症患者の数は約700万人前後となり、65歳以上の高齢者のうち5人 に1人が認知症となる見込みであることが明らかとなりました。

 また、ある調査で「いま最もなりたくない病気」をテーマに、50歳以上の50名にアン ケート調査をしたところ、約68%の人が「認知症」と回答した、との結果が出ています。これは、認知症が現在の薬では治療できないという現実を反映しての結果であると考えられます。認知症と診断された場合、抗認知症薬が処方されますが、この薬は認知症の進行を遅 らせるための薬であり、治療薬ではありません。その上、強い副作用に悩まされることも多いのです。

 このように、発症する確率が比較的高く、薬では治療できない現状を鑑みると、認知症患者を支える家族や親族の精神的・肉体的・経済的な負担と不安が、私たちの未来に大きくのしかかっていると言えます。

 

2、認知症診断の課題

 健常者の知能は、認知機能(IQ)と情動機能(EQ)に分けられます。認知機能は、記憶力、計算力、言語力など生活の道具となるものですが、情動機能は、他人の痛みが分かるなど、社会生活を円滑に進めるための知能です。

 世界で汎用されている簡易な認知症の検査方法として、MMSE( Mini-Mental State Examination)テストがあります。これは、アルツハイマー型認知症などの疑いがある被験者のために作られた簡便な検査方法で、このテストにおいて23点以下の場合に、認知症であると診断されます。 

 このMMSEテストは、主に記憶力、計算力、言語力、見当識(現在の日時や日付、自分が今どこにいるのかなどを正しく認識しているか)などの質問を行い、「IQ」を測定するためのデストであり、情動機能の測定は除外されています。

 しかし、認知機能が低下している認知症患者であっても、怒り・泣く・喜ぶなどの情動機能が高ければ、支障なく家庭生活を送ることができることが分かってきたことから、総合的にはMMSEテストは偏った検査方法であるとも言えます。

 

3、MESEテストの開発と演劇情動療法® (DET® )

 このような中、東北大学医学部老人科名誉教授である佐々木英忠先生と、東北大学医学部臨床教授である藤井昌彦先生により、2014年の非薬物療法研究会において「認知症患者は、感動で涙を流す(情動を刺激する)ことによって、気持ちが落ち着き、回復の傾向を示す」ことが発表されました。この研究に基づき、佐々木名誉教授と藤井教授は、情動(感情の豊かさ)をテストする必要があると考え、数値で判定できる「認知症状道検査®  (Mini-Emotional State Examination)を開発しました。そして、認知症患者の情動を刺激して、 回復に導く治療法として「 演劇情動療法(DET:Dramatic Emotion Therapy)」の研究がスタートしました。

 

4、演劇情動療法® (DET® )の研究と成果

 演劇情動療法とは、演劇の手法を用いて、認知症患者の情動を刺激(感動させる)することにより、情動機能と認知機能を回復に向かわせる療法です。これまで、数多くの朗読や演劇などを用いて演劇情動療法を実践・研究する中で、多くの患者さんの表情が豊かになり、自ら思い出話を始め、笑い声、会話の情報量が増え、目に見えて変化が現れました。

 演劇情動療法を3ヶ月間受けた認知症患者の方々にMESEテストとMMSEテストを行ったところ、検査結果が好転し、中には認知症と認定される点数を超えるまでに回復する という大きな成果を出すことができました。

 このようなエビデンス(証拠)を伴う大きな成果の発見に、佐々木名誉教授と藤井教授は、演劇情動療法を更に深化させ、広く普及させていくべきであると確信されました。

 そして、この成果を論文にまとめられ、「演劇を通じて認知症患者の情動機能に刺激を与え、認知症を治療する」方法を「演劇情動療法® (DET® )」として学会や研究会において発表されました。

 

5、演劇情動療法® (DET® )による認知症施策への回答

 演劇情動療法の価値を理解していただいた施設であっても、それが収入に繋がるかどうかという点で、演劇情動療法の導入を躊躇される施設もありました。

 ところが、先ごろ、精神科の認知症患者に対するリハビリテーションとして、認知症リハビリテーション科240点(1日あたり)の診療報酬点数が付くこととなりました。これにより、認知症治療に効果のあるエビデンス(証拠)を伴った演劇情動療法は、診療報酬の付くリハビリテーションとして、今後、普及・発展して行く可能性を大いに有するこ ととなりました。また、演劇情動療法は、厚生労働省がとりまとめた認知症施策の新たな戦略「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者などにやさしい地域づくりに向けて~(新オ レンジプラン)」への回答として果たす役割は大きく、演劇情動療法を普及させることにより、社会が抱える認知症の問題解決に貢献する、重要な役割を果たすことができると確信し ています。

 

6、芸術文化育成への貢献

 演劇情動療法は、演劇の手法を用いた療法であることは先述しましたが、演劇を行うには役者だけではなく、音楽・美術・衣装・ヘアメイク・照明など、多くの専門技能を持った様々なアーティストを必要とします。演劇情動療法はこれらアーティストに活動の場を提供するだけでなく、認知症患者との出会いによってアーティスト自身の新しい創造のきっかけとなるのです。そして、演劇情動療法を普及させることで、不安定と言われるアーティ ストの生活基盤を確かなものにし、職業として確立させることに貢献できます。

 演劇情動療法を普及させることは、認知症の問題を解決に導くだけではなく、役者やその他のアーティストが抱える問題も一緒に解決できる仕組みを構築することでもあります。

 ただし、演劇情動療法を効果ある形で普及させていくためには、認知症患者の方々を感動させるスキルを持ったアーティストが実演しなければなりません。

 そこで、演劇情動療法の質的向上と効果拡大の必要性から、質の高い実演を可能とする人材を育成・管理するためのライセンス制度を整備し、研究に基づいた実施(実演)方法を落とし込んだマニュアルの整備なども必要となります。

 様々なアーティストの生活基盤を確立し、質の高い演劇情動療法を提供し続けるためには、ライセンス制度を管理し、安定的に継続していくことが必要であり、その意味でも法人化は大きな意味を持ちます。

 

7、演劇情動療法® (DET® )の普及と社会への貢献

 演劇情動療法は、認知症の改善に貢献し、一人でも多くの認知症患者の方、そしてその家族の方々の未来を明るいものにすることを可能にします。また、より多くのアーティストに も新たな未来を提供できることとなります。

 演劇情動療法を深化させ、広く普及させることは、世の中の不安を解消することに役立ち、広く社会に貢献することができます。

 認知症患者の方を単に支えられる存在と考えるのではなく、認知症患者の方に寄り添いながら、社会全体が認知症患者とともいよりよく生きることができる環境づくりを積極的に行ってまいります。

 

8、NPO法人設立の意義

 上記のとおり、私共の事業は、広く公益に資することを目的としたものであり、より多くの人々に支持され、社会的な責任を果たしていくためには、継続的に、公正性を確保して事業を行っていくことが必要であると考えています。

 また、事業を遂行するため、行政機関、病院、各種施設、NPO等との協働に積極的に取り組んでいきたいと考えますが、資産の保有や各種の契約締結など、様々な場面において法人 であることが必要になると予想されます。

 これらのことから、上述の事業を行うにあたっては、特定非営利活動法人という形態が最もふさわしいと考えました。

 以上により、私たちは「特定非営利活動法人 日本演劇情動療法協会」の法人格を取得いたしました。

 

平成28年1月15日 特定非営利活動法人 日本演劇情動療法協会 理事長 前田 有作